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2017.10.21 十勝の廃線跡をめぐる旅1日目 広尾線 [国内旅行]

 今回の旅の目的は、廃線跡で見に行きたいところがあり、そのメインは2日目にツアーで申し込んだので、1日目はそれ以外の場所へ。ということで、帯広空港からまずは車を南進させて広尾に向かった。このページではちょうど30年前の1987年に廃線になった広尾線の跡をたどっていきたい。

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広尾の市街の北側に位置する広尾駅。

駅舎は今も残っていて、バスターミナルとして使われている。


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駅舎の中は、バスの待合室と広尾線の資料館になっている。

切符売り場は、今はバスの切符売り場として残っていた。

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駅舎からホームがあった方に出てみると、今は駐車場。

鉄道の駅だった面影が見られない。

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駅舎の帯広側は公園になっていて、レールは残っていないが、当時は鉄道が走っていたことが分かるようになっている。

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廃止になったときの列車の到着時刻だろうか。

今の方が帯広に向かうバスの本数がはるかに多い。

様似方面のバスの本数は今も平日は3本を維持してるけど、休日は1本少ない。

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広尾から北上して、大樹町に入る。

町役場の前に9600型蒸気機関車が保存されている。

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大樹駅は町役場とは少し離れたところにある。

現在も駅の建物は残っているが、地元企業の事務所として使われているので、中に入れない。
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大樹駅の構内は今はこんな感じ。

ホームの形だけが残っている。

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忠類村(今は幕別町の一部)にあった忠類駅。

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駅舎の中は広尾線が走っていた頃のまま残されている。

東京まで15400円。どれぐらい時間がかかっていたのだろうか。

当時は石勝線も青函トンネルもなかっただろうに。

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駅構内には、農産品を運んでいたであろう貨車が数台保存されていた。

当時はどの路線でも貨物輸送していたんだな。

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忠類駅前。少し行くと、国道との交差点があって、そこを代替路線バスが走っている。

まっすぐ延びる突き当たりに忠類神社がある。

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更別駅。今はこの石碑しか残っていなくて、ここに鉄道駅があったことを感じさせない周辺の雰囲気。名残をあえて挙げるとしたら、後ろの農業倉庫だろうか。

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中札内駅。貨車が数台保存されている鉄道公園だった。

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駅前に農業倉庫。この駅も例外ではなかった。

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帯広市に入り、幸福駅に到着。

広尾線で唯一旅客車両が保存されている駅である。

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廃線前から「愛国から幸福まで」の切符で有名になり、廃線後も訪れる人が絶えないようである。

また、桂由美によって駅周辺が整備され、当時の駅舎は良くも悪くも数年前に建て替えられてしまった。

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駅前の観光客向けのお店が広尾線沿線で一番多かったのも幸福駅だった。

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22年前にも訪問しているが、今回も記念に切符を買った。

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今にも動き出しそうな車両である。

駅名版も新しいものになおっていた。

この調子だとしばらく訪れる人は絶えないだろうな。

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大正駅。

ここもホームが残っているだけだった。

左手に駅舎かと思わせるトイレがある。

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愛国駅。

現役かと思わせるような新しそうな駅舎である。

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この切符で全国的に有名になったが、ちょうど30年前に廃線になってしまったのが残念である。

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駅舎の中はさほど大きくないが、資料館になっていて、中を見ることができる。

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蒸気機関車9600型が保存されていた。

大正時代の製造で、50年以上走り続けたようである。

 

廃線跡を辿れたのはここまで。

今年は廃線になってちょうど30年。まだまだ沿線の記憶に残っている感じだった。

旅1日目は上士幌のぬかびら源泉郷に泊まった。翌2日目は今話題のタウシュベツ川橋梁などを見に士幌線沿線をまわります。


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