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2017.03.18 奈良御朱印旅1日目(2) 東大寺・手向山八幡宮 [国内旅行]

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春日大社から若草山を通って東大寺方面に歩くとあるのが手向山八幡宮。

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奈良時代に宇佐八幡から勧請して建てられ、以来東大寺を鎮守する神社という位置付け。


今の場所に移ったのは鎌倉時代の執権が北条時頼の頃。


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百人一首「この度は・・・」からはじまる短歌で登場する手向山とは、この神社のことを詠んだもの。


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奈良時代風の倉庫も残っている。


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手向山八幡宮の御朱印。


このページで参拝した神社はここだけだった。


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手向山八幡宮を北側から出ると、そこはもう東大寺の敷地。


まずは二月堂から。入口の納経所に東大寺の御朱印帳が売られていたので、購入して1ページ目に書いてもらった。


春先のお水取りの儀式で知られていて、奈良時代から伽藍に存在し、現在の建物は徳川家綱の時代に再建されたもの。


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二月堂から階段をさらに上がるとあるのが不動堂。


こちらでも御朱印を頂けた。


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二月堂の舞台から遠くに大仏殿の屋根が見え、その向こうに奈良盆地の街並みがうっすらと見える。


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鹿がいる向こう側にあるのは三月堂。


東大寺で最古の建物とされている。


堂内は撮影禁止で、国宝級の仏像が10体ほど並んでいた。


御朱印はここでは2種類いただけた。


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三月堂の向かいに四月堂。建物の写真を撮り忘れたが、二月堂や三月堂のような堂々とした建物とは反対に、こじんまりとしている。


時代も平安時代中期の創建で、現在の建物は江戸時代に再建されたものである。


御朱印は創建当時の本尊・普賢菩薩と、現在の本尊・十一面観音菩薩の2種類いただけた。


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東大寺の敷地も鹿が多い。


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大仏殿に向かう途中に鐘楼。


普通の人には手が届かなそうだが、どうやって鐘をつくのだろうか。


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大仏殿に向かう途中、手向山八幡宮の大鳥居。


ここから神社に向かうのが正しいルートなんだろうな。


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28年ぶりの大仏殿に到着。


現在の建物は江戸時代に再建されたもので、横幅がかつてより3分の2に縮小されているというが、木造建築としては世界一の規模を誇る。


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大仏は撮影可能。


改めて思うが、奈良の大仏は大きい!!


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大仏の裏側はこんな感じ。


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伽藍の西に位置する戒壇堂。


内部は撮影禁止だが、四隅に四天王が置かれ、真ん中に釈迦如来像など。


建物自体は江戸時代に再建されたものだが、仏像が歴史を感じさせる。


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南大門を出て、東大寺を後にした。


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二月堂で購入した東大寺の御朱印帳。


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今回、東大寺でいただけた御朱印。


これだけで御朱印帳の半分以上が埋まった。もらいすぎたかも。


 


このあと、氷室神社を通って興福寺へ。


続きは次のページで書きます。

 

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